名古屋地方裁判所 平成9年(わ)2018号・平9年(わ)2020号・平9年(わ)2021号
主文
被告人波留敏夫を懲役一〇か月及び罰金四五〇万円に、被告人川﨑義文及び被告人万永貴司をそれぞれ懲役一〇か月及び罰金三五〇万円に処する。
被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ五万円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
被告人三名に対し、この裁判確定の日から各二年間それぞれ懲役刑の執行を猶予する。
理由
(認定事実)
被告人波留敏夫は、平成七年三月当時、東京都世田谷区等々力一丁目二二番二七号グリーンバレー等々力四〇二に、被告人川﨑義文及び同万永貴司は、同月当時、神奈川県横須賀市長浦町一丁目一五五五番地一にそれぞれ居住し、いずれも株式会社横浜ベイスターズと一九九四年度野球選手契約を締結したプロフェッショナル野球選手である。
第一 被告人波留は、平成六年分の所得税の申告手続を依頼した「中小企業相談協会」会長を自称する坂本行徳こと坂本幸則及び小菅誠と共謀のうえ、自己の所得税を免れようと考え、架空の顧問料及び学校等謝礼を計上する方法により所得を秘匿したうえ、自己の平成六年分の実際総所得金額が一億〇六五三万九四一七円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除して一二七二万六一〇〇円であったにもかかわらず、平成七年三月六日、東京都世田谷区玉川二丁目一番七号所在の所轄玉川税務署において、同税務署長に対し、平成六年分の総所得金額が六六五三万九四一七円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると四三二万二六二三円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、自己の同年分の正規の所得税額との差額一七〇四万八七〇〇円を免れた。
第二 被告人川﨑は、平成六年分の所得税の申告手続を依頼した前記坂本及び小菅と共謀のうえ、自己の所得税を免れようと考え、架空の顧問料及び学校関係寄付を計上する方法により所得を秘匿したうえ、自己の平成六年分の実際総所得金額が七六八九万七八二〇円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除して三六一万〇八〇〇円であったにもかかわらず、平成七年三月六日、神奈川県横須賀市上町三丁目一番地所在の所轄横須賀税務署において、同税務署長に対し、平成六年分の総所得金額が四一八九万七八二〇円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると九一八万〇四八八円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、自己の同年分の正規の所得税額との差額一二七九万一二〇〇円を免れた。
第三 被告人万永は、平成六年分の所得税の申告手続を依頼した前記坂本及び小菅と共謀のうえ、自己の所得税を免れようと考え、架空の顧問料及び学校関係謝礼を計上する方法により所得を秘匿したうえ、自己の平成六年分の実際総所得金額が七七二九万六四二九円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除して四六七万一九〇〇円であったにもかかわらず、平成七年三月六日、前記所轄横須賀税務署において、同税務署長に対し、平成六年分の総所得金額が三七二九万六四二九円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると九四六万〇〇八九円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、自己の同年分の正規の所得税額との差額一四一三万一九〇〇円を免れた。
(証拠)
注・挙示した証拠に付した番号(例「乙一」「甲一八」)は検察官証拠等関係カードの請求番号(「乙一号証」「甲一八号証」)を示す。
冒頭、第一の事実
一 被告人波留の公判供述
冒頭、第二の事実
一 被告人川﨑の公判供述
冒頭、第三の事実
一 被告人万永の公判供述
冒頭の事実
一 被告人波留の検察官調書(乙一[ただし、被告人波留の関係でのみ])
一 被告人川﨑の検察官調書(乙六[ただし、被告人川﨑の関係でのみ])
一 被告人万永の検察官調書(乙九[ただし、被告人万永の関係でのみ])
一 戸籍謄本(乙五[戸籍の附票を含む。ただし、被告人波留の関係でのみ])
一 電話聴取書(甲一八[ただし、被告人川﨑及び同万永の関係でのみ])
第一ないし第三の事実
一 坂本行徳こと坂本幸則(甲一九、二〇)、小菅誠(甲二二)の検察官調書謄本
第一の事実
一 被告人波留の検察官調書(乙二、四)
一 小菅誠の検察官調書謄本(甲二三)
一 証明書(甲一)
一 査察官調査書(甲二、三)
第二の事実
一 被告人川﨑の検察官調書(乙七)
一 小菅誠の検察官調書謄本(甲二四)
一 証明書(甲六)
一 査察官報告書(甲七)
一 査察官調査書(甲八、九)
第三の事実
一 被告人万永の検察官調書(乙一〇)
一 小菅誠の検察官調書謄本(甲二五)
一 証明書(甲一三)
一 査察官報告書(甲一四)
一 査察官調査書(甲一五、一六)
(適用法案)
注・適用した刑法は、平成七年法律第九一号による改正前のものである。
一 被告人波留
罰条 刑法六〇条、所得税法二三八条一項
刑種の選択 懲役刑及び罰金刑(併科)
主刑 懲役一〇か月及び罰金四五〇万円
労役場留置 刑法一八条(五万円を一日に換算)
懲役刑の執行猶予 刑法二五条一項(二年間猶予)
二 被告人川﨑、同万永共通
罰条 刑法六〇条、所得税法二三八条一項
刑種の選択 懲役刑及び罰金刑(併科)
主刑 懲役一〇か月及び罰金三五〇万円
労役場留置 刑法一八条(五万円を一日に換算)
懲役刑の執行猶予 刑法二五条一項(二年間猶予)
(量刑事情)
本件は、プロ野球選手である被告人三名が、中小企業相談協会会長と名乗る坂本らに依頼して、架空の顧問料などを計上する方法により、被告人波留が約一七〇四万円、被告人川﨑が約一二七九万円、被告人万永が約一四一三万円もの所得税を免れたという事案である。
被告人三名は、入団時の契約金及び平成六年度の年俸に課せられる所得税の支払を少しでも減らそうと考えていたところ、脱税請負人である坂本を紹介され、同人の説明などから、その内容が不正なものであり、脱税になることを十分に認識しながら自己の利益を確保しようとする余り、規範意識が鈍麻して脱税工作を依頼したのであり、その動機は、国民として当然果たすべき納税義務の自覚に欠けた自己中心的なものであって、酌量の余地に乏しい。そして、被告人波留、同万永は所得四〇〇〇万円について、被告人川﨑は所得三五〇〇万円について、それぞれ架空の顧問料、学校関係の謝礼や寄付などを計上する方法により本件犯行に至ったのであり、その犯行態様は、大胆かつ悪質なものである。その結果、前記のとおり多額の所得税を免れたものであり、納税義務を誠実に果たしている社会一般の人々に与えた不公平感も看過することはできず、本件犯行の及ぼした影響は大きい。
更に、被告人三名は、人気の高いプロ野球選手として、フェアプレイとスポーツマンシップに則り、国民の模範となるべく期待されている立場にありながら、その期待を裏切って本件犯行に及んだばかりか、被告人波留及び同川﨑は複数の同僚選手らを坂本に紹介して紹介料まで受け取っており、この点においても強く非難されなければならない。
これらの事情に加え、本件が被告人三名それぞれのファンはもちろん、多くのプロ野球愛好者、とりわけ少年少女たちの夢や希望を汚し、更にはプロ野球関係者等に多大な迷惑を及ぼしたことなどをも合わせ考慮すると、被告人三名の刑事責任は相当に重いというべきである。
しかし他方、被告人三名の脱税は一年限りのものにとどまっていること、被告人三名は本件犯行を素直に認め、心から反省していること、被告人三名は既に平成六年分の修正申告をしており、被告人波留は本税のほか重加算税などを含めて全額納付していること、被告人川﨑及び同万永も延滞税などの一部を除いて納付済みであって、残額についても必ず納付する旨誓っていること、被告人三名は、今季に向けたトレーニングが十分できない状況にあるうえ、今後球界や球団による処分など相当の社会的制裁を受けることが予想されること、球団関係者が被告人三名に対する今後の指導監督、特に税務面での指導を一層強化する旨誓約していること、被告人川﨑には交通違反による罰金刑以外に前科はなく、被告人波留及び同万永には前科前歴がないこと、被告人三名のプロ野球選手としてのこれまでの活躍や実績など、被告人三名それぞれに酌むべき事情もある。
そこで、これら被告人三名に有利不利な一切の事情を総合考慮して、それぞれ主文の刑を定め、懲役刑の執行を猶予して、担税の自覚を促すとともに、プロ野球選手としての生活を通じて更生する機会を与えることとした。
(裁判長裁判官 佐藤學 裁判官 島田一 裁判官 中島基至)